出典:allcinemaより
Huluで配信中の映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』観ました。(※)
私の大好きな俳優ジェイク・ギレンホールが主演を務めるヒューマンドラマ(恋愛映画?)で、とりあえず一言。本当に彼は期待を裏切りません。
この映画は、交通事故で妻を失った主人公が、喪失感やら悲しみを覚えていない自分に気がついて「本当に彼女のことを愛していたのか?」と日常を壊しながら自問自答していく物語です。
邦題である『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』は何だかおしゃれで、お上品なタイトルですが、主人公は感情がない欠陥品のような男で、とにかく奇行のオンパレード。まわりから精神科を勧められるヤバさがあります…。
しかし、“感情がない”“奇行のオンパレード”な主人公に対して、なぜか胸が痛くて見守ってしまう…。そんな映画でした。
今回は『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』を観た感想をがっつりネタバレで紹介します。
(※)…Huluで視聴したのは2018年12月時点です。
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『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』あらすじ
エリート銀行員のデイヴィスは、いつものように妻の運転する車で会社へ向かう途中で事故に遭い、自分は助かったものの、妻を失ってしまう。しかし彼は涙が出ないどころか、悲しみすら感じていない自分に気づいてしまう。彼女を本当に愛していたのか分からなくなってしまったデイヴィス。やがて“心の修理も車の修理も同じだ、まず分解して隅々まで点検し、再び組み立て直せ”との義父の言葉が引き金となり、彼は身の回りのあらゆる物を破壊し始める。一方で、自動販売機から商品が出てこなかったと苦情の手紙を会社に送ったことがきっかけで、苦情処理係のシングルマザー、カレンと知り合い、彼女と息子のクリスと交流を持つようになるデイヴィスだったが…。
引用:allcinemaより
この映画は簡単に言うと、突然の妻の死に何の感情も湧いてこなかった主人公が今までの生活を壊していく、という物語です。
映画の冒頭で奥さんが交通事故で亡くなってしまうんですが、主人公は「自分の奥さんが死んだ」とは思えないくらい淡々としています。
亡くなった直後は突然のことで実感が湧かなかったにしろ、お葬式が終わった後ですら、奥さんに対する悲しみが湧いてきません…。デイヴィスは「自分は彼女のことを愛していなかったんだ」と考え始めました。しかし、それ以降、彼の中で“破壊衝動”が生まれます。
義父の「修理するには一度分解してから、組み立てなおせ」という言葉もあって、身の回りのものをアレコレと壊し始めるデイヴィス。しかし、再生するどころが家の中も心もぐちゃぐちゃになっていきます。
そんな中で知り合ったシングルマザーのカレンと、息子のクリスとの交流もあり、主人公はようやく自分の中にあった感情を探り当てる、という内容です。
感想その1:主人公の破壊は迷走と同じ
出典:allcinemaより
この映画の原題は『DEMOLITION(破壊)』です。
とにかく主人公は奇行とも思えるくらい野蛮に、自宅を壊していきます。
ただし、主人公の破壊行動は、見ていて心苦しさのようなものが常にありました…。
言い方おかしいかもしれないですけど、本来、破壊って気持ちいいと思いませんか?
壊すのは一瞬、なんて言葉もある通り、そのあっけなさが爽快感に繋がったり、物を手放す開放感だったり。
しかし、主人公デイヴィスが物を壊す姿は、すごく痛々しいんです…。
ぶっ飛んだ感じのヤバい行動それすらが無理をしているようで、見ていて辛くなってしまうというか。
義父の「心を修理するときも、一度全部分解してから、組み立て直せばいいんだ」という言葉をきっかけに、自宅の破壊をはじめたわけですが、壊すばかりで組み立て直す気配すらありません。
だから私は一瞬、ただ、これまでの全てを消したいだけなのかな、とも思ったんです。
妻を愛していなかった事実に気づいてしまって、これまでの結婚生活がニセモノに思えてきてしまった…とか。
しかし、それもすべては勘ぐりで。デイヴィスは、ただただ、迷走していたんだな、と。
迷ってがむしゃらに壊しているだけだから、なんだか苦しい。そこに答えがないと分かっているから、つらい。そういうことなんだと思います。
感想その2:愛していないのではなく怠けていただけ
出典:allcinemaより
allcinemaの映画情報の部分には一言、僕はあまりにも君に無関心だった。とあります。
結論から言うと、主人公は「妻を愛していた。けど怠けてしまっていた」という自分の心に気がついた。たった、それだけの結末です。
私は最初、主人公のデイヴィスを“感情がない欠陥品のような男”と感じました。
しかし、実は“怠けていただけだった”という事実に、とてもハッとさせられたんです…。
映画にしろ実生活にしろ「本当は愛していなかった」という恋愛の結末はたくさんあると思います。けど、とても複雑なラインで「愛していたけど、怠けてしまって終わった」恋愛もたくさんあるんじゃないかな…と。
何はともあれ終わってしまったことに変わりはないけど、もしも簡単に「彼女のことを愛していなかったから涙も出ないんだ…」で片づけてしまっていたら、主人公はきっと“変われなかった”と思います。
この映画を観終わった時に、ある作家さんが「よい作品というのは、必ず始まりと終わりで主人公に変化が起こっているものだ」と言っていたのを思い出しました。もしもデイヴィスが次に恋をするときに、ようやく今回の迷走が意味を持ってくるように思えてなりません。というか、そう願いたい。
感想まとめ:ふたりが終わる前に「愛」に気づくためには
出典:allcinemaより
今回は映画『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』を紹介しました。
たぶん、この映画って“愛していたのに怠けていた”ことが特別「悪かった」というわけでもないと思うんですよね。
これなら大丈夫って安心してちょっと怠けたり、それが当たり前になり過ぎて気づけなくなったり、恋愛って終わってから初めて色々なことに気づく、ってあるじゃないですか。
だから、改めて怠けないで努力しなきゃね!って思うことがあったとしても、やっぱりその気持ちは続かなくて。
じゃあ、恋愛で大切なことって何だろうって思うと、「相手の顔をよく見ること」じゃないかな、って今感じています。
きっと他にも「自分に正直に」とか、色々あるんでしょうけど、この映画を観た直後、一番思うのが「相手の顔をよく見ること」でした。
主人公は何度となく死んでしまった奥さんのことを回想するのですが、記憶の中の彼女の視線はとっても愛に満ちているんですよね。
パートナーって自分の鏡みたいなものですから、相手の顔をじっくり見たら、色々と見えてくるものがあるんじゃないかなと感じました。
ちなみに、邦題である『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』は奥さんが車に残した彼へのメモが由来です。
車のサンバイザーに貼り付けてあったポストイットに書かれた“If it’s rainy, You won’t see me, If it’s sunny, You’ll Think of me.”は、結構しゃれた愛のメッセージで、「雨の日は会えない(サンバイザーを使わないから)、晴れた日は私のことを想い出すね」という意味なんだそう。
そしてようやく、奥さんを想い出しつつ、心から涙する主人公。きっとそこには後悔もたくさんあると思います。
死んでしまった奥さんにとっては、彼の中で「愛していなかった」で終わらなかったことが、せめてもの救いというか…。無責任なことを言えば、もっとふたりが幸せに過ごしている日常が見たかったです。そんなことしたら、めっちゃ号泣してしまいそうだけど。
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