『強運な女になる』…のは無理でも別れを匂わせる女にはならないと決めた【読書感想】

ある土曜日の午前。週末の相棒を探して書店のなかをぐるぐるしていると、新刊コーナーでぱっと目に入ったのが『強運な女になる』。言い方は悪いけど、並んだ本のなかでひときわ毒々しい色彩を放っている…。

20年来愛読されてきた「女のバイブル」。新装版。

胡散臭い本だなあ…と思いつつ、なぜだか手が伸びてしまいました。

だって著者はあの林真理子さん。週刊文春で連載中のエッセイがこっそり好きで、たまたま図書館で借りた『不倫のオーラ』も話題のゴシップをバッサバッサ切っていく感じがおもしろかった記憶が新しく。

この人の本なら間違いないだろう、ということでお買い上げ。

あやひ.
なによりその日は、強運の女になりたい気分だったのです!(なんとなく)


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強運な女はthe 強気!

さっそく帰りの電車のなかで読み始めてみると、…わあ、すごい。たったの数ページ読んだだけで、数分前の「強運の女になりたい気分」を撤回したくなりました。

他の書籍でなんとなく知ってはいたけど、強運の女こと林真理子センセイ、the 強気

強運な女になるためには強気でいること、明るく前向きな人でいること。強運だから強気になれるのではなくて、強気でいるから強運になれるのよ!的な。

あやひ.
いやー、詰んだ感がハンパじゃないです…。まるで私と真逆な感じ。強運の女になりたいなんて、恐れ多かったかな…。

とはいえですね、私には「本は能動的な娯楽。ページをめくる手を止めなければ、進んでいく」という好きな言葉があってですね。

さっそく強運な女になることは諦めて、林先生のエッセイを楽しむことにしました。いやあ、さすが林先生。やっぱり文章が読みやすいなあ!

別れを匂わせる女にはなりたくない

そして移動中や就寝前などスキマ時間にちょこちょこ開いて読了。

結論。強運な女云々はともかく、女として見習いたいことの多い1冊でした。「そうなれたらいいな」と憧れるのとは違くて、ああ、そういう風に考えればいいのね、っていう。

私的ベストオブエッセイを選ぶとしたら『女のさようならは、命がけで言う』(pp.38~44)。駆け引きで別れを匂わせる人っていると思うけど、「もう、さよならにしたいの」が男の気を引くための一言であってはダメ。後戻りできないくらい強くはっきり言う。それこそ、命がけで。

かつてはそれができなくて、失敗してしまった林先生の甘酸っぱいエピソードもなんだか懐かしくて、いい。固定電話の前でお風呂も入れずに彼からの連絡を待ち続ける。しかし電話がこないから、コードをお風呂場の前まで持っていって…。最後には禁断の手、自分から電話をかけてしまう。

誰だって失敗のひとつやふたつ、あるでしょう。失敗しないのではなくて、繰り返さないように成長していければいいんだ、って。肩の力がすとんと抜けるエッセイでした。

女として生きるってこういうこと

最後に個人的ブックマークを引用して〆ようと思います。

女を長くやっていて、つくづくわかったことがある。それは「人は外見だ」ということだ。若い頃は「人は外見じゃない」などとむきになっていたが、全く無駄な時を過ごしたものである。あの時間に顔のマッサージや、脚痩せ体操でもやっておけばよかった。(p.31)

最後に先輩として言わせていただくと、遠くに追いやっているうちに結婚はいつか消滅してしまう。本当に欲しい時にそれが手にいれられない人生もつまらないものだ。(p.72)

「あるがままの自分でいい。だけどそれを魅力的に見せた人が勝ちよ」(p.89)

ちょっと長いけど、『女のさようならは、命がけで言う』の次に好きだった『偉大なるメイク修行』(pp.93~97)から。

私なんかうちにいる時は、いつも無化粧であるが、そのかわり、どこか行くとなると、バシーッと決めてやる。その落差に夫は驚くが、ま、この落差があるところが、自分でもとても気に入ってるんだ。
アイシャドウを入れ、口紅をひくと、私の顔はとたんにいきいきとお喋りを始める。女だったらそうだろうけれども、私もこの瞬間がいちばん好き。
全くこの顔とは長いこと苦楽を共にしたよなあ。喜びも悲しみも幾歳月、ある時はコンプレックスのカタマリになり、ある時はちょっと恋人におだてられて、いわれなき自信を持ったこともある。(p.95)

当たり前だけど、林真理子先生の価値観がたっぷりと詰まった『強運な女になる』。自分とは違った考え方にたくさん触れられて、とても新鮮でした。



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